2012年9月16日日曜日

九鬼次郎「鏡」

鏡 九鬼次郎

鏡を覗いてみたとて何の慰めになろう
鏡の中に秋の女が蒼ざめている
過去になってしまうと
すべてが僕には味気ないのだ

鏡には接吻の匂いもしないし
やさしい女の頬もうつらない
ただ抜け毛のような憂鬱が
僕のあたまにはびこるばかりだ

ああ 鏡の向こうに
女からの音信の数々が
枯れ葉のように積もり 埋もれている

―足立巻一「鏡〜詩人九鬼次郎の青春と歌稿」(1970年・理論社)より

いのちとしての過去、可能性としての過去〜足立巻一「鏡〜詩人九鬼次郎の青春と歌稿」(3)へ戻る

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